人生で誰と出会うかはとても大切なことだと言われている。その際重要なのは、どういう状態の時にその人と出会うかだ。極端な例だが、人が人生の困難に直面し難破したときにどういう人に出会うかは決定的な結果をもたらす。難破してみて初めて思い知ることがあり、初めて、その人の言動の真意が分るからだ。
私にとって、その一人が数学者の小平邦彦だった。彼の言葉は永遠の座右のひとつだ。
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近頃、私は自分が何歳であったかさっぱり分からなくなるのです。こんなことは初めてです。そして、どこかで確か自分は40歳だった筈だと思い込んでいる のです。事実は40歳の時から時間がドンドン経っていくにもかかわらず、あたかも自分の心の時間が40歳の時からパッタリ止まってしまったような、或いは 40歳の時からもう何百年も生きたような不思議な、ものすごく実感のある感覚なのです。これは一体どうしたことだろうか?
この40歳というのは、私が事務所を店じまいして本格的に数学に取り組もうと思った年です。当時、マザコンで恐妻家の私は同居の母親や女房たちから激し い、離縁・離婚同然の反対にあい、身を切られるようなシンドイ思いをした筈なのですが、にもかかわらず、それを押しきるだけの熱に浮かされていたのです。
しかし、数学への探究という新生活は第一歩からつまづきの連続でした。当初、参加していた大学院の数学のゼミの話が分かるだけの水準に達しようと夢中に なって取り組んだのですが、不思議なことに、数学の論理を一生懸命追っかけていくと、ある所までは理解できるのですが、そこから先が何度読んでもどうして も分からない。というより、私の感情の何処かが、これ以上ついていけないと悲鳴をあげるのです。そうすると、頭の中がモヤモヤとしてきて、そこを無理して エイッ!エイッ!と気合いを入れて論理を追い続けていくと、仕 舞いには頭が火がついたように激しいめまいに襲われる。そういう生活を続けているうちに、或る日突然正体不明の発熱を起こし、数日間フトンの中で寝るとい う羽目になるのです。そして、ようやく起き上がって、また数学との取り組みを開始すると、また同じ繰り返しで、発熱しては再びフトンの中に逆戻りするフト ンと大学との往復という散々な初戦だったのです。
この有様を見て、女房たちは「寝てばかりいていったい何やってんだ」とすっかり呆れ返るし、私は私でオレはこんなに数学ができなったんだろうかとすっか り自信喪失し、近年になく激しくうろたえました。その揚げ句、きっと体に異常があるに違いないのだ、もしかしたら体に衰弱が来て死期が近づいているのでは ないかと思い込み、今まで一回も受けなかったガン検査を家族に内緒で密かに受けに行く有様でした。
しかし、検査の結果はシロで、こうしてこの散々な初戦の総括も失敗に終わりました。あとは「自分の頭がバカで到底数学には向かないのだと認めるか」という本質的な課題だけが残ったのです。
このとき、自信喪失の絶不調の最中、無意識のうちに私が疑問に思ったことは「では、数学に向いていて、数学が分かるということは一体どういうことなの か?」ということでした。仮に、自分の頭がバカで到底数学には向かないとしてもせめてこの疑問、数学を理解することの本質ぐらいは分かりたいと思ったのです。そんな気持ちでいたところ、或る時目に触れたのが小平邦彦の言葉でした。あとから知ったのですが、彼は日本を代表する数学者のひとり(数学のノーベル賞とも言われるフィールズ賞を日本人として最初に受賞)で、そんな凄いオッサンがぬけぬけとこう言っていたのです。
数学とは何か、よくわからない。また、世間では数学は緻密な論理によって組み立てられた論理的な学問と思われているが、実際には数学は論理と余り関係がない。私はむしろ数学は高度に感覚的な学問だと思う。------何と!
数学が明晰判明に分かるとはどういうことだろうか。数学とは森羅万象の根底に厳然と実在する数学 的現象を研究する学問である。だから、数学が分かるとは、その数学的現象を『見る』ことである。『見る』とは或る種の感覚によって知覚することであり、私 はこれを数覚と呼ぶ。数覚は論理的推理能力とは異なる純粋な感覚で、聴覚の鋭さと同様、頭の良し悪しとは関係ない。だから、数学が分かるとは、数学的現象 を感覚的に把握することであって、論理だけではどうにもならない。結局、数学が分かるとは、すなわち自ら体験すること である。こういう妄想染みた文章がドン底にいた私を強く勇気づけてくれた。嬉しさの余り、当時私は数学の勉強を放り投げて、ひたすら小平邦彦の文章をノートに書き写してばかりいました。
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