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- 前の手紙のときもそうだったが、私は、数学との取り組みに難航し、難破し、思わぬ目にあったあと、ようやく隊列を整えて、新しい出発ができそうになると、決まって、このことを山口昌哉さん(※)に手紙を書いた。このときもそうだった。
そして今、また、今の心境を彼に手紙に書きたい気持ちでいる。
(※) 1925〜1998年。京都生まれ。京都大学数学科卒業。京都大学工学部教授、理学部教授、理学部長をへて同大学名誉教授。理学博士。専攻は非線形数学、ことに非線形偏微分方程式の数値解析。生物科学や社会科学への応用にも関心が深かった。父親は日本画家の山口華楊。
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山口昌哉 様
先生、ずっとご無沙汰しています。お変わりありませんでしょうか。確か、昨年の「現代思想」でしたか、女性科学者の米沢さんとかと対談しているのを見まして、元気でいられるのだなと思いました。
私が(勝手ながら)この間、自分から先生に連絡を取らなかったのは、単純な理由でして、ここしばらく数学をやる気がしなかったからです。いくら数学を やっても、どうしても数学という言語ゲームに馴染むことができず、知識は増えるかもしれないがちっとも認識が深まる気がしなくて、その不毛感にずっと苛ま れ続けてきたからです。
ですが、反面、この間、一瞬たりとも数学のことを忘れたことはなく、文学をやって漱石を読んでいても、哲学をやってカントを読んでいても絶えず数学の世界とのかかわり合いをずっと自分なりに考えてきたつもりです。いわば、再び、数学を攻略するために、今度は不毛ではなく、数学を通じて意義ある認識に到達 するための準備を文学や哲学を通じて行っているつもりでした。それでようやく、来年の春くらいには、数学の勉強を再開しようと思う気になりました。
今日、お手紙を差し上げたのは、私の近況報告だけではなく、実はちょっとしたお願いがあったからです。それは、先生もご存知の埼玉にある「自由の森」学園に、東京に来られた折り、お時間があるとき、是非、この学校でお話(というよりお喋り)をしてほしいというお願いがあったからです。
実は、こんなこと、私自身さえ半年前には思っても見なかったことのです。それが、なんでこんなことを言うようになったのか、その訳は、4年前の私の店じ まいから、数学への行き詰まりなどまで話が及びますが、かいつまんで言えば、昨年、私がこのニッポンに愛想が尽きて、アメリカで新しい仕事を見つけようと 当地を何度かうろつき回る経験をして帰国したあと、この学校に行きましたら、なぜかものすごくここが新鮮に見えたからなのです。
なぜ新鮮に見えたか、それも簡単には説明し切れませんが、ひと言で言って、この学校が本気で「自由と自立」を目指して設立された学校という、日本では貴重な性格を持った学校のため、本質的には「ホンネ一重構造」でしかない日本社会にあって、ほかには見られないような「非常に活発で非常に真摯な」活動の側 面が見られたからです。たとえ、この学校の10年間が失敗と誤りの連続であったとしても、それを上回るような貴重な周縁としての価値を今なお持っているよ うに思えたからです。
ところが、この学校はこういう貴重な場でありながら、実は今いろんな意味で疲弊していまして、(かつて理想の虜になっていた人たちの)いわばシニシズム の食い物にされようとしている感じなのです。それで、私は思わず、ここを何とかしたいと勝手に思いまして、ここ数カ月、年甲斐もなくビラ(ここに同封しま した「感想」というやつです)を書きまくってはバラまいたり、自由の問題を考える自主講座を開いて、ゲストに柄谷行人さんや小森陽一さんに来てもらって、 自由について語ってもらっているのです。そして、いずれ、この自主講座のゲストのひとりとして、先生にも来てもらえたらいいなと思ったのです。というの は、私にとって、先生というのはいつも(数学というシステムの)周縁に立って生き続けてきた人のような気がして、或る意味では最も切実に自由というものを 身をもって考え、実践してきた人のように思えてならないからです。そこで、私は一度、先生自身の生き方というものを「自由」という言葉を鏡にしてじっくり 語ってもらえたらすごくうれしいと思ったのです。そのようなお話は、私が数学を再開する上でも、とても意義深いものが示唆されるような気がしてなりません。
もちろんお忙しいと思いますので、ご無理は申し上げません。もし上京の折りに時間があったときで結構なのです。ご検討しただければ幸いです。
寒さが厳しい折、お体を大切に。和子さまにもよろしく。さようなら。
この手紙を、「自由の森の浅田彰」みたいな少年に託してお渡しします。
2015年6月18日木曜日
数学の勉強について2(1995.12.20)
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