「数学者小平邦彦との出会い1(1993.04.17)」の続き。
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当時、もうひとつ抱いた疑問は、ある生々しい疑問でした。それは、数学と取り組んでいるさ中に突如感じる
オレは今どうしてこんなに底しれぬ空虚で空漠とした気持ちに襲われるのだろうか?この言い知れぬ空虚感は一体何処からやってくるのだろうか?という疑問でした。この感情は数学と熱心に取り組めば組むほど、或いは数学研究者の実態を知れば知るほど強まる不快極まる実感でした。私は、当時自 分の死期が近いのではないかという妄想に取り憑かれたのも実は、この死のような言い知れぬ空虚感・空漠感にすっかり取り囲まれていたからだった気がしま す。
元々「緑なす生」を目指して数学の世界に飛び込んだ筈なのに、初戦からこのような「死同然の灰色の感情」をたっぷりと味わう羽目になったことは今更ながらショックでした。
こうして全てはまったく予想もしなかった大混乱と大敗北のうちに半年が経過し、ここに至り「自分自身の道を歩む勇気を持て----間違えたり、失敗した りする危険をおかして」とまったくミヒャエル・エンデが言ったように、私も勇気をもって一から陣容を建て直す必要に迫られたのです。
そこで私が取った方針は遠慮なく「たっぷりと死ぬ」ことでした。
確かに、小平邦彦がいったように数学が分かるとは数学的現象を感覚的に把握することであり、自分もこの数学的体験を積み重ねるしかないと思っていました が、さていざどこからどう取り組んだらいいのかという段になると、まったく五里霧中でした。そこで、半年間の格闘の経験から、性急に成果を焦っても駄目 だ、もう苛立ちながら取り組むのは止めようと痛感していましたから、そもそもここは短期決戦なんてことは考えずに、長期遊撃戦で得体の知れない他者として の数学とたっぷりとことんつき合っていってやろう、理解するなんてことは当面当てにしないで、とにかく数学という奴と恐れず懲りずにしつこく向かい合って やろう、いずれそこから何か道は開けてくるだろう、と焼けのヤンパチやけくそで、殆ど開き直りの出直しをすることに決めたのです。それがこの半年間闇の中 に墜落するだけ墜落し続けた末ようやく整えた新たな作戦「たっぷりと死ぬ」ということでした。
その結果、私は「何をやっても数学なのだ」という恐ろしく能天気な心境に達し、技術的な側面から数学をシコシコとマスターするといういわゆる「学習」を 廃棄することに決めました。もう机の前で頭だけシコシコ働かせてみたところで高が知れている。オレが今身につけなければならなのは数学の考え方なんかでは なく、ほかでもない数学の感じ方そのものなのだ!だから、今必要なことは、頭ではなく全身全霊でもって森羅万象と交わること、世界を経験することだ。その 中からしか、世界に対する、数学的世界に対する新しい、豊か なイメージは掴めない筈だ。もう学ぶのはやめだ、これからは全身全霊で経験するのだ、世界と全身全霊でたっぷり死ぬのだ、と手当たり次第、無節操にやりた いことをやるという数学放浪の旅に出ることに決めたのです。
そこから、店じまいしてチンピラ学生を始めて以来急速に親近感を深めていた同じチンピラ仲間のタルコフスキーや藤原新也やヴェンダーズたちと再び向かい合うことになったのです。
ここに至り、当初私が数学の探究を志そうとした動機、つまり天安門事件が起きてはじめて思い知った自分が途方もない幻想の中に生きていたこと、ついで東 欧の崩壊を目の当たりにして「社会主義も資本主義のひとつにすぎない。今や残されたことは、本来幻想的なこの資本主義の探究しかないこと」にようやく気が ついたこと、そこで、覚醒の下に生きるためには、我々が直面する本来幻想的で錯綜した現実を分析し、本質にまで辿り着く知覚能力が必要であること、この知 覚能力を鍛えるために数学と取り組むのだという動機、この動機 が逆転し、そもそも数学を深めるためには、ただ一所懸命、数学書を読み、数学の問題を解けばよいのではなく、直接目には見えない数学的現象を『見る』とい う、現実を把握する感覚的能力を備えなければならないことになったのです。
つまり、現実を把握する能力を鍛えるために数学をやろうとしたところ、反対に数学をやるためには現実を把握するある種の感覚的能力が必要だと言い渡され たのです。
こうして図らずも振り出しに押し戻された私は、今後は単に数学をやるのではなく、この世界に生き、世界に直面して様々なことを感じ、考え、文 学・映画・音楽・美術・旅行その他すべてのものが数学と並行して全身全霊で経験されてしかるべきなのだ、数学と数学的現象を行きつ戻りつするのと並行し て、文学・映画・音楽・美術・旅行その他すべてのものと森羅万象 とを行きつ戻りつすることがほかでもない数学をやるということなのだ、と悟るに至ったのです。
そして、その夏、数学的体験の第一歩として念願のインド旅行をしてきました。その後、ずうっと書けなかったシナリオを書く作業に専念し、6ケ月かかって 書き上げた時、その芸術的出来映えはさておき、自分自身の中に数学に対する或る種の揺るぎない自信がふてぶてしくもムラムラと沸き上がったのです。
それは恐らくこの間のシナリオ制作を通じて、或る本質的現象を『見る』というのはどういうことか、について実際に貴重な経験が出来たからです。つまり、 或る本質的現象を『見る』とは、一遍でその本質を把握することではなく、何度も何度も失敗しながら前進して遂にはその本質に辿り着くことであり、「前進す るとは失敗しながら前進すること」にほかならないことを身をもって経験できたからなのです。そして、以後もっぱら「芸術を見るように数学を見る」という立 場が私の数学観となりました。
このシナリオ制作を通じて、新たな人物たちが再び目の前に現われました。
そのうちのひとりが宮沢賢治でした。
私にとって、宮沢賢治は長い間の謎でした。彼の作品はかつて、私の感傷的な、あの日本的なナルシシズムを一歩も寄せつけず、彼の作品が提示する文学的現 象のひとかけらさえずうっと見えないままでした。しかし、数年前、花巻の賢治記念館を訪れた際、彼の素晴らしい直筆原稿を読み、彼の生涯をつぶさに知るに 及んで、宮沢賢治はかつて私が想像していたような道徳的、模範的で、生臭坊主のような人物では凡そなく、その反対に、自由奔放、天衣無縫、大胆不敵な宇宙 人であること、我々が通常認識出来ない様々な現象を最も明晰に『見る』力をもった恐るべき見者であること、従って、彼こそ或る種のもっとも数学的な人物で あることに気がついたのです。その後、数学自体に埋没してしばらく賢治と没交渉でしたが、ここにおいて賢治は再び、私の数学的体験にとって最も大切な、最 も重要な人物となったのです。それから毎日、数学の問題の代わ りに賢治の童話と向かい合うのが私の日課となりました。
本質的には何も賢治の童話・詩に限ったことではないが、しかし彼の作品はとりわけ数学とよく似ていて、文字ずらだけ追っかけていてもちっとも分かった気 にならないのです。というのは、賢治の童話・詩は彼が自分でしかと見たものをそのまま描写しているだけで、彼の主観的な感情の告白や観念的な言説など微塵 もないため、賢治の見たものを自らイメージできない者にとって彼の作品はただの「唐人の寝言」に過ぎないからです。だから賢治の童話・詩は読んだり考え たって駄目なので、見るしかないのです。彼が見たものを彼の言葉 を通じて読者自らも見るという追体験をしなければどうしようもないものなのです。その意味で彼の作品を『見る』ということは、数学的現象を『見る』という ことに似ているのです。晩年、病床の合間に高等数学に没頭した見者賢治にとって、童話も詩も数学も異なるものではなかった筈です。
実は今この無節操・無鉄砲・無分別の数学放浪の旅はまだ真っ最中で、今後どうなることやら全く分かりません。少なくとも、ここ当分は宮沢賢治のよ うに、中上健次のように、ゲーテのように、ゴッホのように、地球を散々に歩き回り、自然と思う存分交わり続けたい積りです。これが私にとって数学的体験を 積み重ねるという意味なのです。
そして、つい最近私は、この自分の無謀なやり方が間違っていないことを確信させてくれる数学者に初めて会いました。それは岡潔です。高校時代に一時期愛 読したきり、その過激な発言について行けず、ずうっと御無沙汰してきたのですが、先日、「人間の建設」「春宵十話」を再読した際、当時過激と思った発言の いちいちに全身で判然と納得がいったのです。それで、岡潔こそ私の数学上の師であることを確信したのです。お陰で私はすごく心安らかな気持ちでもって無謀 な数学放浪の旅に専念できそうな気がするのです。
この冬中、恐らくインド旅行のせいでしょう、人間が作った建物の中にいることが苦痛で、可能な限り外に、しかも土や木の側や田んぼにいました。こ うして寒さの中でひと冬を過ごしてみると、この春の素晴らしさがひとしお胸に高鳴ります。賢治が心象スケッチ「春と修羅」を歓喜に満ちて謳い上げたよう に、私も、自分がいっせいに命を吹き上げる名もない草花と同様、太陽と地球のまたとない貴重な合成物であることを実感し、限りない喜びに襲われます。
この喜びを数学的表現で敢えてイメージすれば、それは、自分の存在が、太陽や地球と相似の関係にあること、のみならず名もない草花たちともやはり相似の関係にあるということ、だからこそ、本来得体の知れない他者の筈である太陽や地球や草花たちと自分の心が共鳴できるのだ、その意味で、この世界全体はすべてが互いにどこかで自己相似関係と いう関係で結ばれていて、個々の存在がいわば深い兄弟姉妹関係にあるのだ、従って、我々が覚醒して生き直すためには、単に人間同士が兄弟姉妹関係にあるこ とを認識するのみならず、この世界全体のあらゆる事物と深い兄弟姉妹関係にあることまで認識して初めて可能なのではないか、いや、単に認識するだけでは駄 目なので、世界全体のあらゆる事物と深い兄弟姉妹関係で結びついていることを我が身の全身全霊でもって感受し、行動するのでなければならないと思って見た りするのです。
これはまさに数学者宮沢賢治が一貫して『見ていた』世界像です。私も、賢治と一緒にこの素晴らしい世界像をもっと深く、もっと豊かに我が胸に刻み込みた いのです。それが、引き続き数学放浪の旅を専念したいと思う私の願いです。そして、これがまた不肖の自称弟子である私がこの間色々とご指導頂いた山口昌哉さん(※)の数学からやっと学ぶことができた唯一の成果なのです。ご自愛を。
(※)山口昌哉さん
私がニセ学生を始めたときから、ずっと数学の指導をしてくれた京都の数学者山口昌哉氏。
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